東日本大震災の日、電車に閉じ込められた私が英語でしたこと

東日本大震災の日、電車に閉じ込められた私が英語でしたこと
今日のポイント
  • 地震で電車に閉じ込められ、状況が分からない外国人旅行者を英語でサポート
  • 停電のホテルで、タブレットの将棋を教えた
  • 「崖っぷち」で必死に勉強した英語が、あの日役に立った

東日本大震災(2011年3月11日)のとき、私は山梨県の大月駅に止まっている電車の中にいました。河口湖方面に向かう富士急の電車で、発車を待っていたところでした。

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電車の中で4時間

そのとき、地震が起きました。止まっていた電車もそこそこ揺れました。発車時刻になっても電車は動かず、結局、そのまま車内に閉じ込められること4時間ほど。19時ごろになって、「今日はもう電車は動きません」というアナウンスがありました。

同じ車両には、デンマークから来た3人家族(お母さんと息子さん2人)がいました。車内アナウンスは日本語だけで、彼らはとても不安そう。見かねて、アナウンスの内容や状況を、そのつど英語で伝えました。

宿を探す夜

電車が動かないと分かって、その日は近くで泊まるしかありません。でもケータイはほとんどつながらない。何十回も電話をかけて、やっとつながったのが、河口湖の近くのホテルでした。

大月から河口湖までは、タクシーでもけっこうな距離です。デンマークの3人と私、4人でタクシーに乗って、ホテルへ向かいました。

着いたホテルのフロントは、停電で真っ暗。係の人が、ロウソクを持って迎えてくれました。空き部屋は2つだけ。私は、息子さんのお兄さんと相部屋になりました。部屋の中ももちろん真っ暗で、明かりはロウソクだけ。でも窓の外には、富士山のシルエットが見えて、彼はとても喜んでいました。

暗い部屋で将棋

そんな暗い部屋で、私たちが何をしたかというと、私が持っていたタブレットで、将棋を教えました。彼がチェス好きと聞いて、日本には将棋というゲームがあるよ、と話したら、とても興味を持ってくれたんです。

結局、3、4時間、タブレットのバッテリーがなくなるまで、将棋を指しました。

翌朝
  • 停電も直って、お風呂にも入れて、朝食も出た
  • 彼らは河口湖駅前の観光案内所で、その日の観光コースを聞いていた
  • そこで、お別れ

地震のあと、電車の中からホテルで過ごした夜、翌朝のお別れまで、いろんな話をしました。デンマークには王室があって国民に尊敬されていること、デンマークにはほとんど地震がないこと、彼の名前の由来、サッカーのこと。

今思えば、あの状況で英語でそこそこ話せたのは、会社員時代に崖っぷちに立たされて、必死で英語を勉強したから。あの日のことを思うと、英語は「いざというとき」のために勉強しておく価値があると思います。

※災害時の対応は状況によって変わります。海外からの旅行者を助けるときは、自分の安全を第一に、無理のない範囲でね。

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